片山さつきの夫は誰?舛添要一との離婚原因は?

2018年10月2日、第4次安倍改造内閣で内閣府特命担当大臣と女性活躍担当大臣の2つのポストに就いた片山さつきさん。

元夫が、元東京都知事の舛添要一さんだったことは有名ですね。

現在は、別の方と結婚されていますが、舛添さんとの離婚原因はなんだったのでしょう?
そして、現在の夫はどんな方なんでしょう?
その辺のところをご紹介します。

【片山さつきと元夫、舛添要一エリート同士の結婚】

片山さつきさんは、1959年、埼玉県浦和市(現:さいたま市浦和区)で生まれました。
通っていた市立高砂小学校では、”同校始まって以来の天才少女”と呼ばれました。

その後、東京教育大学附属中学校・高等学校(現:筑波大附属中学・高等学校)に進みますが、成績は常にトップ。
代ゼミの全国模試でも全国1位を4回も取っています。

半端なく、優秀な学生だったんですね。

東京大学法学部に進み、卒業した1982年の4月に大蔵省に入省。
主税局に配属。

1984年にはフランス国立行政学院に留学し、その後、広島国税局海田税務署長、主計局主査、横浜税関総務部長、関税局調査課関税企画官、主計局主計企画官の重要ポストを歴任しました。

超エリート中の超エリートですね。

そんな片山さつきさんが、元夫、舛添要一さんと結婚したのは1986年。
片山さん27歳、舛添さん38歳のときです。

当時、舛添要一さんは東大の国際政治学者で、舌鋒鋭い論客としてTVの討論番組に出演しまくっていました。

一方、片山さんもそのヘアスタイルから、「大蔵省の松田聖子」と呼ばれていて、二人の結婚は大きな話題となりました。

しかし、このとき舛添要一さんはすでにバツイチ状態だったんです。
1978年、ヨーロッパ留学中に出会ったフランス人女性と結婚しましたが、日本に帰国した後、離婚しています。

片山さつきさんと舛添要一さんを引き合わせたのは大蔵省OBで元労働相の近藤鉄雄議員(自民党)。

二人は、恋愛結婚ではなくお見合い結婚でした。
当時、片山さんは30歳手前になると見合い話しがあるのは普通だ考えており、片山さんだけでなく役所全体もそんな雰囲気でした。

ところで、片山さんは舛添さんの前にも見合いをしていましたが、結婚をしても仕事を続けることを希望していたために上手く進みませんでした。
そんななか、同期や教え子に官僚がたくさんいる舛添さんは、官僚の生活をよく知っており、帰宅が遅くなることに理解を示してくれていたそうです。

片山さんは、そんな舛添さんのことを自分の願いを理解してくれる人だと思い、結婚を決意したようです。

ここまでは、エリート夫婦の馴れ初めとしては、型通りのストーリー。

ところが、結婚して3カ月後、片山さんは早くも弁護士に離婚の相談始めたんです。
一体何があったんでしょうか?

スポンサーリンク

【片山さつきと舛添要一との離婚原因は?今の夫は誰?】

結婚してから約3年で離婚。
しかし、実質的な夫婦生活は半年ほどだったようです。

離婚原因はかなりエゲツナイものでした。

予兆は結婚前からありました。

舛添さんは片山さんにひとことの相談もなく、新聞記者に働きかけ一面でふたりの結婚を報道させます。
片山さんにしてみれば、まだ関係者へあいさつする前のタイミング。
役所ですからいろいろしきたりもあるのでしょう。
片山さんは困惑してしまいます。

結婚前からぎくしゃくしていた関係が、結婚するとすぐにおかしくなります。

結婚前は、片山さんの仕事継続に理解を示していた舛添さんですが、すぐに態度が一変します。
片山さんが、夜遅く帰ると怒鳴りつけ、物を投げつけたり、エスカレートするとサバイバルナイフをちらつかせたりすることもあったそうです。

もし事実なら、もうこれは立派なDVですね。

当時都内に住んでいた片山さんは、身を守るためにタクシーで深夜、浦和(現・さいたま市)の実家に避難することもあったとか。
結婚3ヶ月後には、弁護士に離婚の相談をするようになります。

そのときに分ったことですが、舛添さんには愛人がいて、しかも相手は舛添さんの子どもを妊娠中だったとか。

世間体を考えてか、離婚したのは結婚から2年3ヶ月後の1989年のことです。
相当つらい思いをしたようですね。

そして、離婚の1年後、片山さんは1990年に現在の夫である片山龍太郎さんと再婚をしています。
龍太郎さんは、ゴルフ業界の老舗、マルマン(現:マジェスティ ゴルフ)創業者の御曹司です。

今度こそ幸せになってほしいですね。

ただ、エリート同士、お金持ち同士の組み合わせばかりというのも「なんかなぁ~」と少し思ってしまうのは私だけ…?

スポンサーリンク


【片山さつきプロフィール】

  • 生年月日:1959年5月9日
  • 出身地:埼玉県浦和市(現さいたま市)
  • 出身大学:東京大学法学部
  • 現職:参議院議員、内閣府特命担当大臣(2018年10月現在)
  • 政党:自由民主党

2005年8月:財務省を退官。
同年9月:衆議院総選挙に所謂「小泉チルドレン」として静岡7区から自民党公認で出馬、初当選。
2009年:衆議院総選挙に自民党公認で静岡7区から出馬したものの落選。
2010年、参議院通常選挙に自民党公認で比例区から出馬し、党内トップで当選。
2016年:参議院通常選挙に自民党公認で比例区から出馬し、党内3位で再選。
2018年10月2日、第4次安倍改造内閣で内閣府特命担当大臣(地方創生、規制改革、男女共同参画)及び女性活躍担当大臣に就任。