中村勘九郎の父親はあの中村勘三郎!

【中村勘九郎の父親:中村勘三郎の七回忌】

中村勘九郎さんの父親である勘三郎さんがんが亡くなって7年が経ちました。
今年(2018年)9月には「七回忌追善 偲ぶ会」が開かれ、なんと1200名もの芸能関係者が参加、そして、10月、11月には「七回忌追善 興行」が開かれる予定です。

勘三郎さんは歌舞伎はもちろん、TVドラマやCMなどでも大活躍でしたから、良くご存じの方も多いのではないでしょうか。

9月の「偲ぶ会」では、勘三郎さんの2人の息子である勘九郎さんと七之助さんが兄弟でそれぞれあいさつしました。

上の写真の向かって左は中村七之助さん、中央が中村勘三郎さん、右が中村勘九郎さんです。(東京スポーツ新聞社より)

そのなかで、勘九郎さんは
「父と丸6年会っていないのが不思議な気がする。長い巡業に行っていて、ひょっこり帰って来るような気がしてならない。…父に会いたい気持ちが増しましたと同時に、何より父がみんなに会いたいだろうと思います。」

と涙ぐんでいたのが印象的でしたね。。

また、雑誌『アエラ』では、「七回忌追善 興行」を前に、やはり、兄弟でこんな風に語っています。

  • 勘九郎さん

「父の追善公演をさせていただくことは、本当に嬉しい。
ことに歌舞伎座と平成中村座でできるのはありがたいこと。

父は新作歌舞伎に取り組んだが、それ以上に古典歌舞伎を愛していた。
僕たちもきちんと古典を受け継がなければならない。…

偉大すぎる父を持って大変なことはないかと言われるけど、それはない。…

歌舞伎座新開場の時、父はどんなにこの舞台に立ちたかっただろうと思い、胸がいっぱいになった。…

父は祖父から「追善のできる役者になれ」と言われて育ったそうだが、僕たちもこうして父の追善公演ができる。
そのありがたさを感じ、心して務めていきます。」

  • 七之助さん

「松竹の副社長が、父は『歌舞伎座を背負いながら、平成中村座を作り上げた方なので両方で追善公演を行うことが功績に応えること』とおっしゃったのは嬉しかった。…

僕は常に父を意識して毎日舞台を務めています。
父が生きていた時は安心し、甘えていた部分もあるけど、いざ言ってくれる人がいなくなったことの恐ろしさ。…

僕たち兄弟は重度の父親コンプレックス。
甥たち(勘九郎の息子勘太郎と長三郎)の初舞台の時は父が見たかっただろう、一緒に出たかっただろうと思い胸が詰まった。…」

なんか、しみじみするお話ですね。

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【中村勘九郎の父親:勘三郎ってどんな人?】

では、簡単に中村勘九郎さんの父親である勘三郎さんについてご紹介します。

*中村勘九郎さんのプロフィールはコチラ

【父・中村勘三郎プロフィール】

  • 十八代目 中村 勘三郎
  • 生年月日:1955年(昭和30年)5月30日
  • 本名:波野 哲明(なみの のりあき)
  • 屋号:中村屋
  • 妻:好江(七代目中村芝翫の次女)
  • 父:十七代目中村勘三郎
  • 祖父:父方…三代目中村歌六、母方…六代目尾上菊五郎
  • 所属事務所:ファーンウッド

子役時代から46年間、五代目 中村 勘九郎と名乗る。

江戸の世話物から上方狂言、時代物、新歌舞伎から新作など、幅広いジャンルの役柄を務める。
コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げ、渡辺えりや野田秀樹、串田和美らと組み、古典歌舞伎の新解釈版や新作歌舞伎の上演、地方や海外公演も精力的に行う。
現代劇『浅草パラダイス』は長期人気演目。
2012年、食道癌を発端とし、同年12月5日に急性呼吸窮迫症候群のため死去。
2013年(平成25年)4月には新生・歌舞伎座こけら落としを控えていた。
享年57歳。