ボクノリリックノボウヨミの歌詞の意味は?”sub/objective”編

鋭い感性で綴った詩が心に響くと定評のある”ぼくのりりっくのぼうよみ”。

最近、日本テレビ系列の深夜の報道番組『ZERO』で、2019年から芸能活動から身を引くと発言し話題になりましたね。
なかなかああいう歌詞をかける人がいないので惜しい限りです。

その歌詞ですが、英語も混ざり、ときには難解な表現もあるので、「どんな意味?」と疑問に思うことはありませんか?(・・;

詩なので受け手がそれぞれ自由に解釈すればよいと思うんですが、英語の部分は単語を知らないと???ですよね。

そこで、ぼくのりりっくのぼうよみの曲の英語の部分を中心に歌詞の意味を書いてみました。
曲別にまとめていますので、「イチイチ調べるのが面倒・・・」という方はご覧ください。

今回は、”sub/objective”編です。

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ぼくりり”sub/objective”の歌詞

タイトル”sub/objective”の”sub”は、”subjective”という単語の一部。
“subjective”は“主観的”という意味です。

もう一つの”objective”は“客観的”という意味ですね。

高校の英語の授業で主語を”S”、目的語を”O”と習いましたよね。
あの”S”は”subject”、”O”はobjectの頭文字です。

ですから、タイトルの”sub/objective”を日本語に直訳すると、“主観的/客観的”になります。

他者を見る自分と、他者からどう見られているかにとらわれる自分が常に入れ替わっていく精神状態を歌った曲ですね。

ジコチュー的に周りを見てしまう自分と、いつも周りの目を気にしてしまう自分が同居しているボク。
ナンカわかる気がしませんか?

では、歌詞を英語を中心に見ていきます。
(日本語部分を解説するのは、ぼくりりに悪い気がするので、最小限にします。自分が感じたままでOKです。)

架けた橋 遠ざかり 遠回り
behave like a blindness
取り返しつかないところまで
一人ベッドで毛布に包まり
告げる現実にgood-bye

“behave”(ビヘイブ)は“ふるまう”、
“like”は、“~のように”、
“a blindness”(ア ブラインドネス)は“目が見えない人”です。
(外から部屋の中を見られないようにする窓の“ブラインド”にnessをつけた言葉です。)

つまり、“目が見えない人のようにふるまう”ということですね。

せっかく他人との「架け橋」が見つかっても「遠ざかって、遠回り」してしまう自分を”目が見えない人のようだ”と歌っています。

数倍に膨らんだ悪夢
簡単に物事を投げ出し
no matter what I do
全て未来は決まってる
そんなふりをした

“no matter what I do”(ノー マター ホワット アイ ドゥ)は決まり文句です。

“no matter~”は”~であろうとも”、
“what I do”は”自分がすること”ですから、
”ボクが何をしようとも”という意味ですね。

そして夜が来た
悲しみが空を覆った
放り出された真っ暗闇
見失わないように心研ぎ澄まし
塗りつぶすグレーに na na na
夜中にふと気付く isolation
なんか泣きたくなるな

“isolation”(アイソレーション)は”孤立”です。
John Lennonの曲に”isolation”というのがありますが、それと同じ言葉です。

Afterglow 照らすオレンジ
Afterwards すべて終われば
泣いたりしなくて済むのかな
I deceived other everyone

“afterglow”(アフターグロウ)は”夕焼け”です。
続く”照らすオレンジ”は夕焼けの空ですかね。

“afterwards”(アフターワーズ)は”その後”です。
お気づきのように韻を踏んでいますね。

続いて出てくる”deceive”(ディスィーヴ)は”欺く”、”だます”という意味です。
“I deceived other everyone”(アイ ディスィーヴド アザー エヴリワン)で”ボクは他のみんなを欺いた”になります。

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いつしかすり替る一人称から三人称へ
二元論でしか世界を観れないのは悲しい
すべてに apathy だから魂奪われ融ける
いつしか物を見ている自分を見るようになった
他人からどう見えてんのか
それだけ気にしている
なんてすばらしい人生だろう

いつしかすり替わる一人称から三人称へ”は、主観的=”subjective”に他者を見る自分から、から客観的=”objective”、つまり他者の目で自分を見るボクになるということ。

”二元論”というのは、世界を「精神と物質」とか「善と悪」など二つの原理で解釈する考え方です。
ここでは、”自分”と”他者”を指していると思われます。

“apathy”(アパスィ)は”無関心”。

”なんて素晴らしい人生だろう”は皮肉ですね。

“Check this!!” “Check this!!”
叫ぶ自分を objective に眺める
急にどうでもよくなって
投げ出す何もかも
そして拾い集める
また泣いてるよ

“Check this!”(チェック ジス)は“確認しろ!”。

「他人からどう見られているかを確認しろ」と自分に叫んでいる自分。
そんな自分を”objective”=客観的に見ている自分がいる。

“Daybreak また夜が明ける
Describe ボクを貫く
涙でなにかかわるかなぁ
I deceived even myself

“daybreak”(デイブレイク)は夜明け。

“describe”(ディスクライブ)は“記述する”、“(ことばで)描写する”という意味。

“subjective”と”objective”を行き来する自分自身を言葉で表現することで自分を知るということでしょうか。

“I deceived even myself”(アイ ディスィーヴド イブン マイセルフ)で”ボクは自分自身さえもだましている”という意味。

自分と他者に引き裂かれた自分。
常にその間を行き来している悲しさ。

この問題は、昔から哲学・心理学で扱われている王道のテーマです。
これまで信じられてきたかつての価値観が崩れ去った現代、ますますその意味が問われる深い曲ですね。

才能あふれる”ぼくりり”が芸能活動から引退してしまうのは、ホントに残念です…。